ESSENCE 3



まだまだお子さまである私の乏しい魔力でも、きちんと手順通りに作ればできてしまうのが、魔法薬の素晴らしいところである。あの日以来、母に教わったり、ガートがどこからか拾ってきた本をめくって作ってみたりした魔法薬の売れ行きはそこそこよく、この二年で私が稼いだお金は結構な額にはなった。まあ、だからといって一年分の学費やら、学用品を賄えるほどのものではないので、今後も地道に続けていくつもりだ。

「…これで買い物は全部オーケーね」

取ってつきのビニール袋などあるわけもなく、買ったものをこれでもかと詰め込んだ紙袋をガサガサ言わせながら両手で抱えて歩いていると、こちらの方へボールがぽーんと飛んできた。

「まって!まってったら!」
「ちょっと、リリー!飛びだしたらあぶないわ、ママが言ってたでしょ!!」

すぐそばの公園から、明るい赤毛をゆらして元気に女の子が駆けてきた。その後ろから、よく似た女の子もやってくる。姉妹だ。そして悟る。ああ、ここがあの公園か、と。どうあっても私は彼女と出会い、そしていつの日にか死ぬ運命なのか、と。

「ねえ、それ、つかまえてくれる?!」
「これのこと?」

両手がふさがっていたので、申し訳ないが足でボールをトラップして止めた。荷物のせいでふらつく上半身をなんとか持ちこたえ、足の裏でボールがどこかへ行かないようにしてから、目の前でとまり息を切らせた女の子に話しかけた。

「…っと。はい」
「ええ、そう!どうもありがとう!」

ちょいっとボールを女の子の足元へ転がしてやると、女の子はボールを拾って荷物を持った私の手を片方シェイクした。ちょ、ま、荷物が落ちる…っ!割れ物っ、割れ物だけは落すわけにはいかない…!!

「なにしてるの!」
「なにって、おれいよ。サンキューって」
「スピナーズ・エンドなんかに住んでる子に、おれい?!」

妹を守らなくちゃっていう使命感に燃え、子供特有のカン高い声で私と女の子の間に立った。フンッと鼻息荒く仁王立ちするさまは勇ましいが、完全に言いがかりだ。ついでに言うなら、今の私は大人だった時の記憶があるとはいえ、まだ十歳の子供なのだ。多少は我慢できるとはいえ、いきなり言いがかりをつけられて、ニコニコなんてできるわけもない。なんとか口を開くのだけはこらえたけれど、荷物に隠れきれていない顔を歪ませるのは我慢できなかった。

「チュニー、あなた、ひどいわ」
「別に、気にしてない」
「でも…」

なんたってナリがナリなのだ。多少成長し、生活に余裕が見出せるようになったとはいえ襟ぐりや袖口がよれよれになったサイズの合わない黒いワンピースに、はさみで出来る限りの手入れをしているとはいえ、美容院に行くお金が惜しくて伸ばしっぱなしにしている髪のままで、この町をウロウロする私に対する風当たりはキツイ。物乞いやスリまがいな事をする子ではないという認識をしてもらえるだけの土台は築いているので、最低限の対応はしてもらえるけれど、正直言うとこういうのはわりと良くあることなのだ。

ずり落ちた荷物を持ちなおし、この場はさっさと立ち去るに限るとばかりに踵を返した。

「本当にありがとう!それから、ごめんなさい!!」

私の傍から離れさせようとするチュニーに、引きずられるようにしてリリーが声をあげた。私はそれをちらりと視界に入れて、そしてそのまま自分の家へと向かう。

「なにあれ。かんじわるい!」

いやいやいや。どの口がいいますかね、なんて思いながらも私は人気のない方へとてくてく歩いていた。久しぶりに、ベーコンが手に入ったから、今日は夕飯を少し贅沢にしようとか思っていた気分が、一歩あるくごとにシュルシュルしぼんでいった。

はじめてあった子供にキツイことを言われたからではない。それくらいでへこむくらいなら、生まれてからすごしたこの十年間でどれだけ心が折れたことか。多分、違う性別に生まれたのに、逃れようもない流れというものを感じてしまったからだと思う。

何よりも、私の未来のために、彼女との接触はできるだけ避けておきたかった。今ここにいる『スネイプ』は女だから、彼女への想いを貫いて命を落とすという事はないとは思う。

だけど、絶対なんてものは存在しないのだ。ちょっとした些細なことで、運命っていう奴は複雑に絡まり合って、時に最悪な方向へと転がり落ちていく。

まあ、ここがあのハリーポッターの世界だと分かった時点で、最悪なのは分かりきっていたことだ。生まれおちた性別が違うから、わずかずつではあるけれど私の知る『スネイプ』の未来からは逃れられると思っていたけど、現実ってやつはそう甘くできていないらしい。

…うわー、地味にショックだわ。

「嬢ちゃま、おかえりなさいませ!…嬢ちゃま?どうしました?」

気づけば、いつの間にやら家にたどり着いていて、ぼんやりしている私の足元で、ガートが荷物を持とうとぴょんぴょん飛び跳ねていた。

「なんでもない」
「なんでもない?!嬢ちゃまのなんでもないはなんでもなくはないのです!」

ボロボロの耳をばたばたさせて、小枝のような細い手が、いったいどこから来るのだというくらいの力でぐいっと私を引っぱり、下を向かせた。そうして、私の額に手をあてると、同じように自分の額にもう片方の手をあてて、うんうんうなる。

「熱はないのでございます…」

なんだか残念そうに聞こえるのは、気のせいだろうか。

「ですが、嬢ちゃまはお風邪をひきやすいのでございます!今、熱いお茶をお淹れするのです!嬢ちゃまの好きなグリーンティ!!」
「え、あ、ちょっと、ガート!!」

歳のせいなのか、それともそういう性格なのか、思い込みの激しいガートは指をパチンとさせると、またたく間にティコジーをかぶせたポットと、たたき売りされていたティカップセットを持って舞いもどってきた。トレイには、相変わらず砂糖とミルクが添えてある。

「ミルクも砂糖もいらないのに」
「お茶にはお砂糖とミルクをひとさじずつ加えるものなのでございますよ、嬢ちゃま」

ガートが緑茶を入れてくれるたびに交わすこのやりとりも、今となってはお茶うけの一つのようで。水の違いのせいか、あまり立ち上らない香りではあるが、それでもどこかホッとする懐かしい匂いに、私の心はほんのりと癒されていくのだった。




11.10.16