休みに一番したいこととはなんですか? そう誰かに聞かれたら、私はきっとこう答える。 「溜まっていた漫画をひたすら読む」 枯れている、なんという干物、だなんていわないで欲しい。 彼氏も居ない一人暮らしの身、まして仕事はストレスと過労ばかり溜まっていくのだ。自分で食べるものをきちんと作っているだけ、いいと思って欲しい。 まぁ、そんなわけで今日の休みも昼食を作ってから漫画を読んでいた。作品名は、「NARUTO」。週間少年ジャンプという雑誌で連載している、忍者漫画だ。忍者といっても、日本人が想像するストイック系のものではなく、どちらかと言うとアメリカ人が想像するようなアクション重視のどたばた系っぽいけど。 単行本はとりあえず第一部までは目を通しているのだけれど、二部はまだ途中だし、忘れている部分も多いから今日は一日読み倒すつもりで、もう随分前に読んだ一巻を手に取った。水分補給にとテーブルの上には冷たい烏龍茶の入ったコップをおいて、ベットを背もたれにして読み始める。主人公ナルトが、アカデミーの卒業試験に受かったというところで喉が渇き、いったん単行本を伏せて烏龍茶を口に含む。 さて続きだ、とコップを机に置いたら、世界が違っていた。 まず、自分のいる位置が違った。 私は、ベットを背もたれにして床に座っていたはずなのだ。それなのに、今は学習机のようなところに座っている。ちなみに、床ではなく椅子に座って。 次に、読んでいるものが違った。 確かに、漫画「NARUTO」を読んでいたはずなのだ。それなのに、今私の手元にあるのは「基本忍術心得 その弐」という、昔のひも一本で閉じるタイプの書物だ。 さらに違っているものがあった。 何気なく、学習机を見ていたら、ふと上の方に鏡があったのに目がいった。鏡に目がいけば、自然と自分の姿がうつりこむものだ。そこには、当然私がいるものだと思っていた。 「どう、なってるってのさ……」 うつっていたのは、春野サクラだった。私じゃない。「NARUTO」の世界の、登場人物の一人。頭脳明晰、度胸も愛嬌あって、まっすぐで純粋でひたむきで、私が好きなキャラクターでも常に上位にいる子だ。 「…………夢?」 とりあえずつねってみた。 けれど、鏡にうつったサクラの顔が、醜く歪んだだけだった。 目が覚めたら、とか。 命に関わる大事故にあって、とか。 そういう状態での話ならよく聞くし、小説とかでもあるけれど。まさかコップ一杯の冷たい烏龍茶を飲んでこうなるとは、誰も思わないに違いない。 「サクラ、ご飯作るの、手伝ってくれる?」 「…あ、うん。いいけど、何すればいいの?お母さん」 私の名前はサクラではないのだけど、なぜかこのような状況で『春野サクラ』として呼ばれても無自覚で返事ができてしまったりする。それがいいのか悪いのかは別として、個人的には精神異常者とおもわれて精密検査やら問診など受けたくはなかったから、こうして反応できるっていうのはいいことなんだろう。病院だなんて、できれば仕事以外でかかわりたくないもんである。 「今日はお祝いしなくっちゃね」とルンルン気分の母(さっき驚くほどすんなりと「お母さん」と口をついて出たことからこの人が母なのだと推測する)から察するに、時系列的にはかなり序盤の、アカデミー卒業後、カカシ班配属前のようだ。……あの時読んでいたところがちょうどこの辺だから、なのかもしれない。 ところで、本来いるはずの『春野サクラ』はどうしたのだろうか。たしか、『サクラ』は心にもう一つの人格とも取れる『内なるサクラ』が存在していた。心をひとつのフィールドと考えて、そこに立てるのは本来のフィールドの持ち主である『春野サクラ』と、彼女が生み出したと言っても過言ではない『内なるサクラ』だけのはず。フィールド内にどれだけ存在できるかっていうのが一番の問題だとおもう。漫画では、『春野サクラ』と『内なるサクラ』しかいなかったわけだから、ここに私が入ってしまったら、定員オーバーでどれかひとつ、ここからはじき出されてしまうと思うのだけど……。よくわからないが、私の記憶と、『春野サクラ』の記憶の境界線が似たような記憶のところで混ざり合っているような感じがするのが原因の一つなのかもしれない。 ……うーん、ここで一人ぐるぐる考えていても仕方がない。隠れ里とはいえ、図書館くらいはあるだろうと踏んで、母の手伝いを終えたあと、一言断る。 「ごめん、お母さん。ちょっと調べたい事ができたから、図書館に行ってくる」 「いいけど、早く帰ってくるのよ?」 せっかくのお祝いなんだから、と、ちょっとだけ拗ねてしまったような母に私は苦笑すると、とりあえずノートと筆記具を適当なトートバックに入れて家をでた。足が勝手に向く感じからすると、『サクラ』はよく図書館に通っていたみたいだ。まあ、納得である。 程なくして図書館に着くと、私は目的のものがありそうな棚を見てみる。記憶を操作する術系統が存在するのかどうか、それを確かめたかったからだ。もしくは、他者の精神を他人に乗り移らせる方法とか。山中いのが使う、心転身の術みたいな奴。多少の術なら、教科書や専門書に乗っているのだから、有名すぎる術なんかだったら図書館でも簡単にみる事は出来るだろう。問題は、どのレベルまでが公開されているかってことなのだけれど。…最悪、あの優しすぎる教師に頼みこんで閲覧する機会を作ってもらおうかな。 結果から言おう。 情報操作系の術は、数が多すぎて調べ切れなかった。さすがに術名だけしか見ることはできなかったけれど、それでもやっぱり多い。 担任へのお願いを発動しなかったせいか、調べる事が出来たものは一般公開が許されているものばかりではあったけれど、調べた限りではこの世界とは別の世界にいる人物との記憶を繋げてしまうとか、そういった類のものは発見されなかった。まあ、あったとしてもそんなものの一体どこに利点があるのかわからないから、あんまり期待はしていなかったけど。 でも、こうなってしまうともうお手上げだ。 どういう経過で私が『サクラ』になってしまったかなんてまったくもって分からないし、分離する方法も分からない。忍者のトップ、三代目火影なら何か知っているかもしれないが、そんなVIPな人とつながるコネが今の『サクラ』に存在する訳がない。たとえあったとしても、信じてもらえなければ、良い病院を紹介されて終わりだろう。病人扱いはごめんだ。墓場まで持っていくくらいの気持ちでいたほうがいいかもしれない。 それにしても、こうなってしまうと、私は『サクラ』の人生を盗んだことにはならないだろうか?あの蛇忍者と同じってこと………? そこではた、と思い出した。 明日はカカシ率いる第七班との、初顔合わせだ。 07.08.22 |