糖分ひかえめ



殿!と姫君にあるまじき大声で私を呼ぶのは、幸村だった。あれからしばらくして一人前とみとめられて、元服したらしい。私は男子であるにもかかわらず適正があるとかで、ずいぶん前からと名乗っている。まあ、その適正というのは、バサラというものの事らしいけど。……ああ、姉上に扱かれた幼少時代が懐かしい。

姫君なのにどたばたと騒がしくこちらへ向かってくる幸村は、まだまだ子供らしさが抜けきっていない。元服したとはいえまだ十代だし、仕方がないのかもしれないけれど。それにしたって、もう少し落ち着いてもいいような気がする。同年代の姫君とかは、話で聞く限りではもっと楚々としているらしいし。

「幸」

私の姿を見つけて、おもしろいくらいに顔をぱあっと輝かせる様に、失礼ながらも犬のようだなあと思いつつも呼んでやれば、よりいっそう嬉しそうな声をあげて私の名を呼ぶ。

殿っ!」

どうでもいいけど、幸村なんて可愛くないので、私は親しみを持って「幸」と呼んでいたりする。最初は怒られるかと思ったけど、幸はどうやらすごく気に入ったみたいで事あるごとに私に名前を呼んでくれと言ってたっけ。なんだかものすごくお兄ちゃん子な妹みたいでかわいいです、この子。

「そんなに走ると転びますよ、お嬢」
「平気だ佐助!この程度で転ぶなど、武士の名折れ!……っとうわあぁあ?!」

元気いっぱいにこちらへかけてくる幸の後ろから、のんびりと歩きながらついてくる迷彩柄の着物に身を包むくノ一の言葉には耳をかさずに、一目散に私に向かってくる幸は、つるりと足をすべらせてすっ転んだ。多分、普段あまり着ない打掛を着ていたのも原因の一つなんだろうけど。

「あーあー、言わんこっちゃない……大丈夫ですか?の旦那」
「幸は軽いから大丈夫ですよ、佐助」
「そ?旦那、体弱いから心配なんだよねえ」

それは君たち女性がこの世界ではありえないくらいにタフすぎるからです。…とは、言わないでおく。私の母なんて、妊娠しているっていうのにギリギリまで戦場駆け抜けてた女傑だからね。それでも無事に姉と私、さらに妹たちを産んでいるのだから、恐ろしい。

「…これでも成人男性の一般的な体力は持ち合わせているつもりですよ。ところで幸、怪我はありませんか?」
「はいっ!殿が受け止めてくださりましたのでっ!」

踏ん張りが足りなくてしりもちついちゃったんだけど、幸にとってそんなのは些細なことらしい。どうやら私が彼女を受け止めたということがすごく嬉しいようだ。それにしても、幸の胸、全然ないなあ。……さすがにつるぺた要因にはなんの性的魅力を感じないんだけど。生まれる前に女性だった私の意見を言わせてもらえば、幸がいくらお色気ムンムンの美女だった所で、そういう対象としてみるのは難しいし、さらに言うならまだまだ子供の域を出ないこの子を『妻』としてはみれないんだけどさ。それでも私と幸村は夫婦になってしまえるんだから、戦国時代ってイカレてると思う。まあ、その分寿命がとても短くて、四十歳まで生きればかなりの長寿だったみたいだけれども。

「聞いてくだされ殿!某、先ほどお館様にお会いしたのですが」
「信玄様に?……ぶつかったりして粗相はしていませんよね?」
「むっ、殿!某をなんだと思っておられるのですか!」

元気いっぱいの子犬です。
…とは、さすがに言えまい。

「大丈夫だよ。なんたって俺様がついてたからね」
「そうだった。ありがとう、佐助」
「いーえー」

ゆるやかに笑う佐助は、その手にしっかりと幸の好きな団子と私の好きな茶を持っていたりする。気配り上手の彼女なら、嫁にしたいという男が引く手あまただろうに、彼女はあまりそういうことには興味がないようだ。

「そんなことはどうでもよいのだ!……そ、その、某、お館様にお会いしたところ、なんと!我ら夫婦が、武田の鑑といわれ申したのでござりまする!」

まあ、そりゃそうだろう。この武田で夫婦そろって将としてでてるのって、うちくらいだろうし。それに、幸村に関しては女の子なのにふたつも槍持って戦場駆け巡っているのだから。正直言って旦那より強い嫁ってどうなのって感じだけど、私は取りこぼしが無いように掃除に勤める役目だから別にこれといって支障はない。むしろ、幸の護衛としてついている佐助のほうが大変そうだ。

そこまで考えて、あからさまにこちらを見上げてくる幸の視線に顔をそちらへ向けた。幸の顔はものすごくきらきら輝いていて、『ほめてほめて』といわんばかりに、ぶんぶん尻尾振ってる。

「夫婦そろってお館様に褒めていただけたのは喜ばしいですね。……さて、ではそのお祝いの団子をいただきましょうか?」
「はい!」

包み紙を見れば、それは幸が大好きな茶店のものだとすぐにわかる。今日は一日館から出ていないのだから、きっとお館様から賜ったものに違いない。



団子の中身はみたらしでした。美味しそうに食べるのは、この団子を作ってくれた職人さん妙理に尽きるだろうからいいんだけど……ああ、幸の口の周り、たれでべったり。君、一応お姫様だよね?なんでそこいらの子供と同じように食べてるんだろうか。行儀の作法とか習ってるはずなんだけどなあ。私も子供のころお婆さま先生にたたき込まれたし。

「ありゃま、もう茶がないね。俺様ちょっと厨にいってくるよ」

そういって気を利かせた佐助の気配がしなくなるのを見計らって、幸の肩をちょいちょいとつつく。

「? なんでござろう、殿」
「ええ、まあ…ちょっとそのまま動かないでくださいね」

本当は懐紙とか布とかで拭いた方がいいのだろうけれど、ここの店のたれは私も好きだし、砂糖が貴重なこの時代、もったいないので、幸の口の端に輝くたれをちろ、となめとった。

「うん。ここのたれは甘すぎなくていいですね」

それでも、たれ単体は少し甘すぎる気がする。やっぱり、みたらしは団子と一緒に食べてこそ美味しさの真価を発揮するんだろう。

「幸?」

なんだか妙に静かだなあと思って幸の方を見れば、真っ赤になって、ぱくぱくと口を動かす。金魚みたいだなあと思っていたら、佐助が新しいお茶を持って、戻ってきたところだった。

「…旦那、何やったのか知らないけど、お嬢に刺激の強いことはやめてよねって言ったでしょ?」
「はぁ…」

呆れたような佐助だけれど、手際良く私の湯呑みに新しいお茶をそそぐと、いまだにぱくぱくしている幸へと声をかけた。

「もー、お嬢!こんなことでイチイチ反応してたら先が思いやられるよー?」

ほらほら、と幸が食べかけていた団子を皿に戻し、かいがいしく残りのタレを拭った佐助は、ちらりと幸の顔をうかがった後、素早く耳をふさいで距離を取った。



「……は、は、はは、は」



渾身の力を込めて叫ばれた破廉恥でござりまするぅううーーー!!という声は、お茶と一緒に流すことにした。




09.九月頃  加筆:12.11.10