その日は、季節の変わり目のためか、朝から土砂降りの雨だった。夜になっても雨の勢いはおとろえることなく降り続いていて。このあたりは山が多いし、あまり続くようなら土砂崩れの危険もあるかもしれないなぁ…なんて考えて、ぼんやり空を眺めてた。ゴロゴロと機嫌の悪い雷様は、まだ稲光をちらつかせてはいないが、この感じだともうそろそろ近づいてきてもおかしくはない。 課題のレポートは、大体の下書きを終えてある。あとはまとめ上げるだけだ。考えてみれば、朝から参考資料片手にずっと机に向かっていた気がする。離れたのは、トイレとコーヒーを入れに行くときぐらいしかない。 あまり長時間根をつめるのも効率わるいか。そう思って、息抜きになにか甘いものでもつまもうと台所へと向かうと、テレビのある部屋から「ぎゃああー!」という可愛くもなんともない叫び声が響いてきた。驚くこともなく、ただただはぁー、と思いため息をついて、大型液晶テレビが鎮座する部屋へと向かう。 「あんたらねえ…いい加減うるさいよ」 いったい何をしているんだと部屋を覗いてみれば、こんな薄暗い日に電気を消して、大音量でゲームのコントローラーを握っている大人を二人発見した。でっかい欧米人と、高校生ですと言っても通じそうな日本人が、仲良くぶるぶるふるえながら半泣きになっている。…こわいならやらなきゃいいものを。 「そ、そうは言うけどねー、これほんっと怖いよ、マジヤバいよちゃん!」 「そう?霊魂なんかより生きてる人間の方が怖いと思うけど」 「でたよ日本人的思考!物理的に対処できるものより、実態のない幽霊の方がこわいに決まってるでしょ!」 だって殴って蹴っても通り抜けちゃうんだよ、超こわいじゃん!と座布団抱きしめて泣きごとを言うアメリカ人をよそに、は原因であるテレビを見た。必要以上に薄暗い画面に、ボンヤリと幽霊を模したものがただよっている。それがこちらに気づいて襲いかかってくると、どうやら千佳の持ってるコントローラーがぶるぶると震える仕様らしく、慌てて画面に向き直り、泣きそうな声でゲームを進めていた。 「しぬ、死んじゃう…。でも死ぬのはヤだから、やられるまえに、殺(や)んなきゃだよね……!」 「いや、幽霊はもう死んでるからヤれないだろ。ぼーさん呼んでこいよ、ぼーさん」 「そりゃあそうしたいけど! ってひぎゃああ、なんで突然こんなドアップ!お顔綺麗だけど、わたし女の子だから抱きしめられてもうれしくないよお…!」 「Fight、チカ!このチュートリアルが終わったら、プレイヤー交代だから!!」 「うわーん、今すぐ代わってよジェフのアホー!セーブポイントまでが遠いんだよ、いきがってハードすっ飛ばしてナイトメア選んでごめんなさい!この人体力全然削れないんですけどおおお!!」 でもこの幽霊さん美人!と、余裕なのか恐怖値が降り切って妙な所に落ち着いたのか分からないが、着目点がどこかずれてる千佳の発言に、そう?僕はパッケージの彼女の方が魅力的だと思うけどなあ…とこぼすジェフ。まあ、その、なんだ。 「…そんなに恐がってもらえるなら、このゲーム作った人達も本望だろうよ…」 大体こいつら、一人じゃはかどらないからとか言う理由でうち来たんじゃなかったか。レポート仕上げに。あたしの評価が落ちるわけじゃないから、とやかく言わないけれども。 あきれた様にため息をひとつついて、お茶の準備をすることにした。三時のおやつには大分遅いが、暇つぶしに作ったタルトがあるので一緒に出してしまう事にしよう。冷やしてしまったから多少固くなってはいるが、味に支障はないはずだ。 少し温めてから出すか、冷えたまま出すかで悩んでいると、突然空を割らんばかりの轟音が鳴り響いた。まだ少し遠いその音に、近隣に落ちたわけではないと安心する。山火事とかになったらしゃれにならんしなあ。 「あー、なになに、それ、今日のおやつ?」 「ん? まあそんなとこ」 「わーい、ちゃんの苺タルト!大好き!」 小さな子供みたいに両手をあげて喜ぶ千佳に、お皿や食器を出すように言えば、勝手知ったる何とやらでちゃっちゃか用意したうえ、「ケーキには紅茶だけど、濃いめに入れた日本茶も意外に合うんだよね。どっちいれる?」とお茶の用意までしてくれるらしい。 「あー…紅茶はたしか切らしてたと思うから、日本茶で」 「オッケー」 「つーか、あっちいいのか」 「ん〜、あの後すぐセーブポイント見つけてね。だから今はジェフが一人で頑張ってる」 「お前…鬼だな…」 言われてみれば、さっきまであんなに騒がしかったテレビの部屋が、今は妙に静かだ。と思ったら、二度目の轟音に思い切り声をあげて驚いていた。 「チカもも早く戻って来てよ〜、一人でこれは無理、さすがに無理」 「はいはい、いまお茶煎れ終わった所だからもうちょっとまってね〜」 「食べるときくらいはゲーム中断な、あと電気つけて。目、悪くするから」 さっきよりも間隔が短くなってきたな…と考えていたら、続けざまにカッと空を照らした閃光は、いち、に…と数える間もなく次の轟音を連れてきた。ずいぶんと足の速い雷様だなあと思いつつ、まあこの分なら三十分もしないうちにどこかへ行ってしまうだろう。 「、これもう一切れ食べてもいい?」 「食べるの早っ!わたしももう一切れ食べるから取り分け解いてー」 「アイアイサー」 「あんた達、食べ過ぎ…」 とりあえずは、ホールはあったはずのタルトがまたたく間に消える前に、家族の分をとっておかねばとナイフを手に取った。 ・ 風呂桶をひっくり返したぐらいの土砂降りの中、いつもの通りに「裏々山まで駆け足、五十本!」と楽しそうに学園を出ていった七松先輩を追いかけていけば、これまたいつも通りに委員会の人間がものの見事に迷子になった。 先陣切ってどんどん先へと行ってしまう七松先輩はもはや仕方がないものとしても、普段ぐだぐだと自分を完璧だの何だのと自慢ばかりしている割に、真っ先に迷子になるとはどういうことなんだ。 時友や皆本も、気づけないのか、気づいていても先輩には口出しできないのか…。後輩巻き込んでまで迷子って、先輩の風上にも置けないだろ。これだから四年は嫌いなんだ。…いや、皆本あたりなら気づいたらいうかな。なんてつっても、アイツ、は組だし。 「―――せんぱーい」 それにしても酷い雨だ。普段はしっかりした山道も、ぬかるんでいるせいか滑りやすい。迷子になった連中が、足をとられて落ちてたりとかしなきゃいいけどなあ、なんてぼんやり考えていると、聞き覚えのある声を耳がとらえたような気がした。 「次屋三之助せんぱあい!」 立ち止まってじっと耳をすませていると、ざあざあという雨の音をかき分けるようにして、時友の声がした。はぐれた事に気が付いて戻って来たらしい。 「おーい、こっちだ、こっち」 「あっ、先輩!」 俺の立つ位置よりも少し上にいた時友は、こちらを見つけた途端、「探しましたよう」と言いながらえっちらおっちら木々をかきわけ降りてきた。迂回すればいいのではとも思ったが、時友のことだ。ちょっと気を抜けばすぐ迷子になってしまう自分を自覚しているんだろう。 「相変わらず迷子になるんだな、お前」 「えーと……そうですね」 でも、先輩が見つかってよかったです。 ほにゃりと時友が、緊張感のない笑顔を浮かべたのと、山をも貫くような轟音が響いたのは同時だった。大きな音に驚いたのか、ひゃあ、と体を縮こまらせる。その拍子に、ぐらりと傾いた時友をみて、思わず体が動いた。 「危ないからそこで待ってろ。俺がいく」 二度目の轟音は、本当にすぐ近くで聞こえた。どこかに落ちたかもしれないというくらいに、光ってから音が鳴るまでの間がない。落ちてくるのは時間の問題だろう。 「えっ、でも、先輩が動いた、らっ!」 雨のせいですべりやすくなっていたんだろう。足を滑らせた時友が慌ててそばにある木の根に手を伸ばすが、一歩およばずパキパキと音を立ててすべり落ちていく。 「うわああぁぁ!」 「バカヤロー、だから動くなって言ったんだ」 まだそんなに高くまでは登っていないが、落ちた先が安全だとは限らない。後を追いつつも、すべりにくい場所を選んで降りていくので、どうしたって時友の方が先だ。しばらくしてようやく追い付けば、すべり落ちたせいで泥だらけになりながら、きゅうっと目を回して雨に打たれる時友がいた。 「おい、大丈夫か?」 「…は、はいぃ。なんとか……」 それでも、上手い具合に木の根に引っかかっていたらしく、ふらふらしながらも返事をした時友にホッとした。意識があるなら、たぶん大丈夫だ。頭を打ってたとしたら、ちょっと心配だけど。 「ずいぶん汚れたな」 「あは…。でも、この雨なら、すぐに落ちちゃいそうですね」 確かに、痛いくらいに打ちつけてくる雨なら、半刻ほど突っ立っていればある程度まで汚れが落ちてくれそうだが、その前に確実に風邪をひくんじゃないだろうか。 「そりゃそうだろうけど、このままボーっとしてるわけにもいかないだ ろ。さっさと先輩たち探して帰ろうぜ」 というか、もし時友が風邪をひいた場合、監督不行き届きとかで保健委員の連中にに怒られるのは面倒だなあと思ったので、さっさと学園に帰るべく立ちあがった。 一体どのくらいすべり落ちたんだろうか。いっそのこと、このまま山を下りたほうが帰るのは楽なんじゃないだろうかと思った所で、見なれない景色にはた、と首をかしげた。 「おい、俺たち、あそこからすべって来たんだよな?」 確認するように指をさして、固まる。同じように、俺の指さす方をみた時友も、あっと声をあげて固まった。 裏々を目指していたから、学園か裏山、裏々山あたりにいたはずなのに、目の前に広がるのは見覚えのない斜面。山などどこにも見当たらない。 「や、山がなくなってる…」 「どうなってんだ…?」 どう見てもどこかの庭。委員会で何度もこのあたりの山に登ったり下りたりを繰り返したことはあったけど、こんな場所ははじめてみた。そういや、いつだったか作兵衛や左門とかと怪談話をしたことがあったけど、そん中に、天狗の家に迷い込む話があったっけ。なんか、それに似てる気がすんだけど。 「…えーと、君たち。一体どっから入りこんだのかな」 「うわっ!」 突然声をかけられて、思わず肩が跳ねそうになった。時友なんかは、あからさまに驚いて飛び上がっていたけど。そんな俺たちをよそに、いきなりあらわれたその人は、「で、こんな雨の日にどうした」と呆れ混じりに聞いてきた。 「え、えっと、その、ぼく達、委員会の最中で…」 「待て、待て。話はあっちで聞くから」 このままじゃ風邪ひくぞ、と言って俺たちに傘を差し出したその人は、身体の線がむき出しになる様な、妙な着物をきていた。どうしたもんかと思っていると、「サッサとする!」と怒られた。 ・ 相変わらず雨足は弱まることがないが、いつの間にか雷鳴は遠くへ行ったみたいだった。のんびりとお茶の時間を楽しむはずが、突然庭から聞こえた音に、何だろうと思って確認しに行ってみれば、見知らぬ少年が二人、どこから迷い込んだのか、土砂がすべった山肌を茫然と眺めて突っ立っていた。 どうしたもんかと考えて、とりあえず、濡れねずみだった少年二人を家に連れて帰り、風呂場に突っこんで冷えた身体を温めさせたあと、着替え用にあたしのTシャツを適当に見繕って手渡すと、不思議そうな顔をしてそれを着た。ちなみに、二人が着ていた服のようなものは、現在洗濯中である。 そして今、あたしは謎の少年二人と千佳、ジェフを交えて居間でテーブルを囲みながらタルトをつついていた。家族用にと取っておいた奴だが、まあいい。口にあえばいいが、と思って二人の様子を見てみれば、最初は千佳の様子をみて(ジェフは警戒されているようだった。そりゃそうか。見た目どうやっても完全なる欧米人だし…)、おそるおそる手を伸ばしていたようだが、一口食べたあと、ぱっと目を輝かせる。どうやらおいしかったようだ。よかった。 「さて…。改めて聞くけど、君らはあそこで一体何をしていたのかな」 タルト生地に苦戦しているのか、ぼろぼろとこぼしながらもおいしそうにほおばっていた少年があわあわしだして、なんだか妙にかしこまった。…なんだこの生き物、かわいい。 「と、突然お邪魔しちゃってすみません!あの、ぼくは忍術学園二年は組の時友四郎兵衛です!で、こちらが…」 「忍術学園三年ろ組、次屋三之助っす」 近くの小学校の名前が出てくるかと思いきや、どこのテーマパークだと言いたくなるような名称が出てきて、思わず「大人をからかうんじゃないよ」と言いたくなってしまったが、二人の目はどちらも真剣だったので、言うのはやめておいた。 「えっと、実は、ぼくたち…」 時友くんの話によれば、忍術学園という学校に通う二人は、委員会の活動中に道に迷い、ようやく合流したと思ったらぬかるみに足をとられてすべり落ち、気づいたらうちの庭にいたらしい。 「…共通事項は、土砂降りと落雷か」 「雷でタイムスリップとか、それなんてバック・トゥ・ザ・フューチャー?」 「デロリアンもないのにそれは無理でしょ、チカ」 速度と距離的な意味で。 「鯛とスリがどうかしたんですか…?」 「でろり餡とか、なんかめちゃくちゃまずそうっすけど」 いまいち話の飲み込めない時友くんと次屋くんをそっちのけでやいやいと話し始めた千佳とジェフはほっておいて、あたしはどうしたもんかと頭を抱えた。 「あの、帰り道とかってわかんないっすかね?」 「…申し訳ないけど。君たちの話してくれたことをこちらにあてはめてその場所に連れていった所で、ことが解決するとは思えない」 「そっすか」 ぺろりとタルトをたいらげた次屋くんは、物珍しそうに部屋を見回しながらとくに何の感情もなく返事をする。…隣でしょんぼりしている時友くんを見習いたまえよ、と言いたくなるくらい平然としていて、この子は本当に現状を把握しているのか?と思ってしまった。 「…狐かなんかが道案内してくれりゃ、帰れんのかな」 「このあたりでキツネを見るのは難しいんじゃないかなー」 動物園とか、北海道とかいけば見れなくはないと思うけど、といった千佳の言葉に、やはり気の抜けた様子で返事をする次屋くん。…言っておくが、ここは天狗の住処じゃないぞ。 確かに都心に比べれば緑が多くて辺鄙なところではあるけれど、そんな未知との遭遇しちゃうほど秘境じゃない。 「まあ、その、なんだ。とりあえず、雨が止んで、きていた服が乾くまでは、うちにいればいいんじゃないかな」 あたしの言葉二人は顔を見合わせたあと、「お世話になります」と頭を下げた。今時珍しい子たちだ。 ……やっぱり、SFとかオカルトとか、そういう系のなにかが働いたのかもしれない。 12.02.12 |