合鍵あげる



「折角のお祝いなのに、こんな所で悪かったな」

遅くなってしまったけれど、大学の入学祝いに、と先輩に連れてきてもらった居酒屋さんは、わたしがイメージしていたようなものとは違い、随分と雰囲気の良い所だった。

メニューを見ても、何がいいのかよく分からなくて、全部お任せしてしまったけれど、おすすめだと言って頼んでくれた料理は本当においしくて、一口食べるごとにおいしい、おいしいと随分はしゃいでしまったように思う。

「そんな…! あの、連れてきてもらって、ありがとうございます、くく先輩」

今さらながら、恥ずかしさがこみ上げて来て、誤魔化すように手元のグラスを引き寄せる。そんなわたしの様子に、先輩は小さく笑いながら、ビールを口に含んだ。ゴクゴクと消えていく液体をぼんやりと眺めながら、大人だなあ、と思う。

駅前で待ち合わせした時も、スーツ姿の先輩に同じようなことを思った。待っただろ、ごめんな?なんて言いながらサッとネクタイを緩めた先輩の、なんてことない仕草にすごくドキドキして。

「ん。またこような」

会計を終えて店を出る時に告げられた、今度は飲みにさ、という誘いに、わたしはそうですね、と頷いた。ほんのりとお酒の匂いをただよわせた先輩は、いつもよりわたしの顔を覗き込むようにして話しかけてくる。

少し肌寒い夜風に、自然と距離が近くなって、さりげなくつながれた手。その手をそろそろと撫でながら歩く先輩はご機嫌だ。その触り方が、なんだかちょっと、その、いやらしい感じがするのは、気のせいなのかな…。

「あ、ここまでで大丈夫です」

あと5メートルもしないで家につくという所で、名残惜しいけど手を離す。するりと離れた手は、そのままわたしの頬を撫でて、優しい目をしたくく先輩が、じっ…とわたしを見つめてきた。

……これは、あれだよね。多分、その、

(き、キスの流れ…!)

ゆっくり近づいて触れる慣れた感覚に、思わず体が固まってしまう。お互いのくちびるをあわせるだけのキスなら、いっぱいしたことがあるっていうのに(そもそも、先輩との出会いだって、まだ小学生だったわたしに、中学生の先輩が突然キスしてきたのが最初だ。…いまだに、わたし、くく先輩はその、ろ、ロリコン?なのではないかと、思ってしまう)、わたしは何度されてもぜんぜん慣れなくて、いつだってどきどきする。

恥ずかしさで死んでしまいそうで、先輩の顔なんて絶対に見れないから、顔を逸らそうとするのに、先輩の手はそれを許してくれない。やんわりと顔を向けさせられ、しぶしぶ顔を上げれば、いつも通りの、でも、いつもとはちょっと違う先輩の視線。

逸らすのもダメなら、もはやわたしにできることと言えば目をつぶるくらいしかできない。あんまりにも恥ずかしかったから、思わずギュッと目をつぶってしまったけれど、先輩が小さく笑ったのが分かった。子供扱いされたのかもしれない。悔しい。

「…ん、くく、せんぱ」

一呼吸置いてそっと触れてきたキスは、触れるだけだろうと思っていたのに、先輩の手がわたしの後頭部と腰あたりに当てられた瞬間にちがうものに変わった。ぐっと引きよせられ、驚いたそのスキをついて差し込まれる舌。ふっと香ったお酒のニオイに、改めて恥ずかしさがこみ上げる。

だって、ここ、外だし。いくら遅い時間だっていって、ご近所の人が家から出てこない保証なんて、どこにもないのに。


「…なんですか?」

片手で数えるくらいしかしたことのないキスに翻弄され、先輩が満足してわたしを解放する頃には、支えてもらわなければろくに立てないくらいだった。そんなわたしを見てくすくす笑う先輩に、思わず拗ねた声が出てしまったけれど、先輩はそれすら気にしてないみたいだった。

「あのさ。…よかったら、もらって欲しい」

スーツのポケットから取りだされ、手渡されたそれは、真新しい光を反射する小さな鍵だった。キーホルダーもなにもついていないシンプルなそれを、わたしは何度か見たことがある。

「あの、…これ」
「今度は、家でゆっくりしよう。映画とか見ながらさ」



それで、泊まりに来てくれたら、もっと嬉しい。



……先輩は、ずるい。
きゅうっと抱きしめられながら言われたら、イヤです、なんて言えないじゃないか。

「えっと……あの、その……」

先輩の負担にはなりたくない。ただでさえ、わたしが年下なことで昔から先輩は色々我慢してくれてる。それを不安に思う事もあるけれど、大切にしてくれてるんだなあと感じることの方が多いから。

「つ、次の日が二人ともお休みのとき、とかなら……」

最後の方は本当に消えそうなくらいだったのに、しっかり聞きとった先輩が、本当にうれしそうに笑うから。

今度、新しい下着でも買いに行こうかな、とか、少しだけ考えたりした。




12.02.12

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