季節は、十二月。 阿呆みたいに仕事が殺到する中、この一週間会社に泊まり込みする勢いで片っ端からこなしていたためか、残念ながら休みは取れなかったものの、なんとか三時間程度の残業で今日の仕事を終えることができた。 …とはいえ、約束の時間は余裕で過ぎてしまったわけだが。 まだ期日までに余裕のある、ある程度まとめた書類を鞄の中に詰め、チラリと時間を確認してから、携帯をとる。 コール音ももどかしいと思ってしまうくらいには、罪悪感があった。 『あ、もんじ先輩。お仕事もう終わったんですか?』 「……おう。悪ぃな、遅くなって」 『全然!むしろ、先輩が今日会ってくれるってだけですっごい嬉しいですからー!』 どことなくはしゃいだ声は、本当に楽しみにしてくれていたんだろう。予定では、定時に退社して待ち合わせの場所に行くはずだったというのに、は怒る事なく、『こんな日までお疲れ様です、もんじ先輩』と労ってくれる。その一言が、本当にうれしくて、自然と文次郎の口元が緩んだ。 「つーか、お前、今どこにいるんだ?」 『どこって…待ち合わせ場所ですよ?駅前の、一番大きなツリーのある』 さすがにこんな時間なので、どこか別の場所にでも移動して待っているだろうと踏んでいたのに、あっさりと返された言葉に耳を疑う。確かに待ち合わせはそこにした。派手に光ってるだろうから、すぐにを見つけられるだろうと思って、場所を指定したのは文次郎のほうだったからだ。 「馬鹿、お前、風邪ひくだろうが!」 『でも私、いっぱい着込んでるからむしろ暑いくらいなんです。それに、三十分ごとにかわるイルミネーション、きれいでしたし』 しかし、真冬の夜である。雨や雪が降ってないとはいえ、風が吹けば尋常でないほどに寒い。女だったら、なおさらだろう。いくら着込んでいるとはいえ、じっとしてれば冷えの方が勝つ。経験上、この場でなにを言っても埒が明かないことを知っている文次郎は、言葉にならない声を喉の奥に留め、がりがりと頭をかいた。 「十分…いや、十五分だ」 『えっ、ゆっくりでいいで』 幸い、待ち合わせの場所は会社からそう遠くない。走れば、たいして時間もかからないだろう。返事もそこそこに通話ボタンを切って、椅子に引っ掛けていたコートを羽織る。まだ何人か残業で残っている奴らに声をかければ、「がんばれよー」だの、「プレゼント忘れんなー」だのと励ましをくれた。 仕事の合間に、何を贈ればいいのか分からなくて、既婚者やら彼女持ちに色々相談したせいかもしれないが、自分で招いたこととはいえ、気恥ずかしい。おざなりに返事をし、さあ走るぞというところで、「おや」という声に体を引っぱられたような気がしてしまう。 「文次郎。今日は珍しく早いんだな。いつもなら阿呆みたいに仕事に打ちこんでいるだろうに」 近くのコーヒースタンドにでも行ってきたのだろう。クリスマス仕様の紙カップをもつそのシルエットが、妙に似合うのが腹立たしい。 「おう。まあ、できれば今日は休みたかったんだがな」 「……ああ、例の犯罪すれすれの彼女か」 「五歳しか違わねぇよ!つーかあいつももう大学通ってんだ、勝手に俺を犯罪者にすんな!」 「その顔で言ってもまったくもって説得力がないぞ、お前…。自分が十は軽く年上に見られることを知らんのか?まぁ、どうせろくに食事もせずにいたんだろう、阿呆め」 そう言って見せられた鏡には、連日の無理がたたったのか、普段から存在を主張している隈がさらに酷い事になっていた。さらに言えば、疲れきった顔が、なんとなく危ない雰囲気をかもし出している。これは、気を抜けば、あらぬ誤解を招くかもしれない。それは、避けたい。 「…って、違ぇ、お前にかまってる暇はないんだよ!」 バッと時計をみれば、電話を切ってからすでに十分経っていた。思わずクソ、と毒づいてロビーへと向かう。中途半端に自分が切ったためとはいえ、の事だ。あんなことを言えば、どうせろくに温まるもんも持たずにそのままあの場で待ってるに違いない。 「ふむ。あの顔でクリスマスに愛をささやく、か…。おお、なんて気色の悪い…」 どこか羨ましそうな目を向けて、エレベーターを待ってる時間も惜しむように非常階段を駆け降りた文次郎に向かって、そんなことを仙蔵が呟いた事など、当然のことながら文次郎が知るはずもなかった。 2012.12.16 |