かえしてなんて、あーげない



「この間やったテストを返しますよ」

名前を呼ばれて、テストを受け取る。頑張って勉強したからか、六十五点も取れた。
苦手な兵法、先生にいっぱい質問して良かった。うれしいなあ。

「皆さんには、ちょーっと簡単すぎましたかねえ」

にこにこ笑う安藤先生の言葉に、あれって思った。
これ、簡単だったの?でもぼく、すごい頑張ったんだけど。

「ねえ、伝七。テスト、何点だった?」
「八十五点だったよ。まあ、今回は時間がなくてあんまり勉強できなかったしなあ」

あんまり勉強してない?

「佐吉、佐吉。テスト、どうだった?」
「どうって…別に、いつも通りだけど。八十九点」

いつも通り?

「彦四郎…、あのさ、テスト、どう?」
「ん? ああ、ちょっと間違えちゃって、恥ずかしいけど…。九十四点はとれたよ」

間違えちゃった?

「…っ、一平は? 一平はテスト、どうだった?」
「えへへ…ぼく、ちょっと兵法苦手だから……八十七点」

……苦手?

は、何点だった?」
「…あ、えと、ぼく、」

頭が真っ白になって、一平の言葉になんて返そうと考えていたその時。

「平均点は八十四点です。残念ながら、それより点の低かった人は、放課後補習ですからね」

安藤先生が平均点を読みあげて、頑張りましょうね、くんと笑った。







「ぼく、もうい組に居たくない」

痛んだ本の修理をしていたが、ぽつりとそうつぶやいた。ずっと下を向いて、黙々と作業をしていることが多いが、そんなことを言うなんて思わなくて、僕はびっくりして、思わずの額に手を当てた。…すこし熱っぽいような気がする。

「どうしたんだよ。、い組大好きっ子じゃんか?」
「安藤先生大好きって、言ってたじゃない…」
「そーそー。オレには理解できないけどさ」
「……うん」

それっきり、なんにもしゃべらなくなってしまったに、なんだか妙だなとは思ったけれど、僕もきり丸もただ顔を見合わせるばかり。結局その日は、委員会の終了時間が来てしまって、そのまま別れた。

それから、はうつむいて図書室にひっそりとしていることが多くなった。前は、い組のみんなと遊ぶことだってあったのに、最近のは図書室にこもりきりで、誰かが遊びに誘いに来ても、ううん、と首を振るばかり。

、いいの? たまには遊んでおいでよ」
「雷蔵先輩、いいんです。ぼく、ここがいいんです」

でもね、僕、知ってる。図書室にいるとき、本をめくりながら時々、すみっこですんすん泣いてるの、知ってるんだ。いっぱい勉強して、あんまり夜も眠ってないの、知ってる。だって伏木蔵から聞いたんだもの。眠れないって、寝ている間にみんなにおいて行かれちゃうって。寝るのが恐いんだって、新野先生に言って泣いてたって。精神的ストレスってやつが溜まってるって。

「…ねえ、くん」
「…ん、なあに? 二ノ坪くん」

ぐすっ、と鼻をすすった音は、きこえないふり。

くんは、がんばりすぎだよ」

夏休み明けに、はお兄さんと一緒に学園に来ていたよね。具合が悪そうなを心配していたお兄さんは、先生たちや学園長先生とすこしお話をして、それから小さい子みたいに駄々っ子になったの頭を撫でて去っていった。は、お兄さんの背中が見えなくなっても、ずっと門の所に立っていたね。

「…がんばりすぎは、よくないよ」
「……でも、そうしないと、おいてかれちゃう」
「このままじゃ、くんが倒れちゃうよ…」

ぽたぽたと机に透明な水が落ちる音がする。そうっと撫でたは、当たり前だけど僕たちと同じで小さくて。このままなでていたら、のまぶたがとろりとしてくれないかしらとおもったけれど、僕のおもいとは反対に、はぎゅっと手を握って、忍たまの友に小さなしわを作った。

「おいてかれるのは、やだ。ぼくだけできないの、やだ。……でも、ねっ、おぼえっられな、も、やだ、やだよう」

しゃくりあげながら、あとからあとからこぼれる涙はぬぐいきれなくて。目元にうっすらあるくまは、そのうち潮江先輩みたいになってしまうんじゃないかなあ。顔色だって、僕たちろ組のみんなみたいに真っ青だ。

ねぇ。最後にぐっすり寝たのはいつ?
どうしてい組のみんなは気づかないの?

「ね、くん」

そんなに嫌なら、ろ組においでよ。







「怪士丸は、図書委員だから、ぼくは抜けないとだねえ」
「そうだね。…と一緒に委員会活動するの、楽しかったのになあ」
「ね。でも、これからはずーっと一緒だよ」

すこしの話し合いのあと、は僕たちろ組に来ることになった。どうやらは夜眠れないだけじゃなくて、ご飯もほとんどとってなかったらしい。食堂では、朝晩きちんと食事をとっていたように思ったのにと首をかしげていると、伏木蔵が「ね…ごはん食べたあと、厠で吐いてたんだぁ…」と教えてくれた。

くのいちの女の子たちの中にも、ダイエットのために食べたものを吐き出す子がいるらしいのだけど、一度胃の中に入れたものを吐き出すのは、身体にすごく悪い事だからって新野先生がものすごく怒ってた。しばらく保健室生活を余儀なくされただったけど、おかげですっかり元気になったみたい。よかった。

「ぼくの所もだめだよね…」
「孫次郎の所は、一年生がいっぱいだもんねえ…」
「じゃあ、じゃあ、僕のところは…?」
「なに言ってるの。平太の所もいっぱいじゃない」
「……と一緒に委員会、したかったのに……」
「ていうか、ろ組のいる委員会はまずダメだよねぇ。あとい組ぃ〜」

伏木蔵の言葉に、の肩がぴくんと跳ねる。そんな様子に気づいた平太が、「大丈夫…?」との手を握り、孫次郎がやさしく頭を撫でた。

「会計委員会と、作法委員会はまずありえないし…」
は級長じゃないから、学級委員長委員会もパスでしょー」

が気まずい思いをしないように、してあげたい。本当は、僕たちの誰かと一緒の委員会になれたらよかったけど、僕らろ組は人数が少ないから、一緒の所はやめておきましょうね、って斜堂先生が言ってたもんね。

「…あ、あのさ」
「なぁにー。どしたの、

あのね、あのね、と言いにくそうにもごもごしているに恥ずかしがりやさん〜と笑いながら、伏木蔵が返す。

「ぼくね、火薬委員、やりたいんだ」
「いいんじゃないかな。人数少ないから大変だって、伊助が言ってたもんね」
「よかったあ。じゃあ、あとで斜堂先生に言っておくよ」

にっこり笑ってそう言えば、ほっとしたようにふにゃりと笑う。は、もうヤダって言わない。勉強は相変わらず好きみたいだし、分からない所があると不安みたいだけれど、前みたいに、置いていかれちゃうって思って、泣きながら無理やり覚えるようなことはしなくなった。

「ねぇねぇ、もう決まったんだからさぁ。そろそろ遊びに行かない?」

ぺったりとの後ろから張りついていた伏木蔵が、あごをの肩にのせたまましゃべる。伏木蔵が口を動かすたびにかくかく振動がして、「やめてよう」とが笑った。

「ぼく、ひかげぼっこがしたいな」
「…おばけごっこ、とか」
「えー、ゾンビごっこも楽しいと思うけどぉ?」

きゃっきゃ、と楽しそうにを囲みながら校庭へと向かう僕らを、羨ましそうに見ている四人の目。それに気づいていながら、僕らは気づいていないふりをする。だって、が気づいていないから。

「ぼくはひなたぼっこがしたいかなぁ。あったかいし、日光消毒っていうの、してみたい」
「いいね。まだちょっと寒いし、ひなたの方がいいかも」
「風邪ひいちゃうもんねぇ。そしたら、僕らみぃんな、先輩に怒られちゃうしぃ…」

きっとすごいスリルだろうねえ、なんてどこか楽しそうに言う伏木蔵は、ちらりとい組の姿を目にした瞬間、にやぁっと笑ってにぴとっとくっついた。

「どうしたの、伏木蔵」
「んー。ちゃん、あったかいなあって」
「伏木蔵が、ひんやりなんだよ」
「…伏木蔵ばっかりずるい。ぼくも、ひっつきむしする」
「歩きにくいよう、二人とも」

困ったようにいうは、どこか嬉しそうに、ふらふらしながら校庭へと歩いていく。それを微笑ましいなって思いながら、平太と一緒に歩いていると、突然、い組の佐吉と伝七が僕らの前に壁を作る。回り道して行こうとしたら、反対側は彦四郎と一平にふさがれた。
…なんだっていうんだろう。

「返せよ」
「…ねぇ、怪士丸。僕たち、い組からなにか借りてたっけ…?」
「とぼけるなよ!を返せってば!!」

ガッと平太に掴みかかった伝七が、肩をふうふうさせながら怒鳴る。けほ、と小さくむせた平太だけれど、そんな伝七をぼんやり見あげて、「やだ」と、蚊の泣くような声で拒否した。

「このっ…!」
「やめろよ伝七。面倒なことになるぞ」

伝七の振り上げた手に、びくっと平太が肩をすくめる。叩かれる、と思ったけれど、佐吉のおかげで、その手は平太のほっぺたを打つ前にだらんと垂れさがった。

が、居たくないっていったんだよ」

あの日の図書室を思い出す。乾いた紙のすれる音と一緒に、ぽとんと落ちた言葉。何の感情もこもってなかったその言葉に、は一体どれだけの助けてを混ぜ込んでたの。

「そんなのウソだよ…。だって、、勉強好きっていってたもん。安藤先生に褒めてもらうんだって、言ってたもん」
「今回はちょっと勉強不足だっただけじゃないか。もう一度、ぼくらがみんなでに教えれば、今度は絶対に百点とれるさ!」

…本当に、なにを言ってるんだろう。あんなにボロボロになってまで勉強してたのこと、なんで知らないの。、いっぱい泣いてたんだ。助けて欲しいって叫んでたんだ。それを、一番近くにいた君たちは気づいていなかったんじゃないか。僕たちは盗ってなんかない。が僕らを選んだんだ。

ちゃん、すごい頑張ってたんだよ…」

乱れた襟元を直して、平太が静かに言う。平太よりも身長が高い伝七を見上げながら、だけど気持ちは見下ろしながら。

「…それが分かんないい組になんて、かえしてなんてあげないんだぁ…」

にやーっと笑う平太をギリギリ睨みつける伝七なんて、恐くない。だってもう、は一年ろ組の仲間なんだ。そのことについては、と、のおうちの人と、学園長先生と、安藤先生と、斜堂先生でちゃあんとお話して決まったことだし、今さら僕らがなにかした所で、かわるわけがないじゃない。

「それに…返せだなんて、は本じゃないんだよ」

わざわざ又貸し禁止なんて忠告に来たの?でも残念。僕、図書委員だから。そんなのとっくに、知ってるよ。

「怪士丸ー! 平太ー、早くおいでよー!」

校庭から、が僕らを呼ぶ声がする。この場で起きたいざこざは見えないみたいで、背伸びをしたり、その場でぴょこぴょこ飛び跳ねながら僕と平太に手を振ってくれるに手を振り返して僕らも歩く。茫然と立ちすくむ四人をおいて、日向へと向かって。




12.02.01
一番最初に手ばなしたのは、君たちの方でしょう?