それなりに人生をおくって、家族をつくって、爺さんになって、苦しむことなく死んだと思ったらなんだか変な場所にいた。よく聞く三途の河的なものなけりゃ、お花畑的なものもない。新しく建てられたばかりと思われる真っ白な建物は、病院に似ているのに、雰囲気は何故か区役所に似ていた。俺の体も、死ぬ前にかすむ視界で見つめた、皺だらけでヨボヨボのものじゃなくて、働き盛りの若い頃に戻っている。願望か。女みたいに、若い頃のまま死にたかったのか、俺は。 『君の人生って本当、平凡で平坦でつまんないなあ。ねえ、もう一度チャンスをあげるからさ。もっと人生ってやつを楽しみなよ』 白衣をきた公務員のような男が、薄っぺらい紙を退屈そうに見つめながらそういう。いつの間にあらわれたんだとか、軽いなと思っている間に、俺の視界はとたんに真っ暗になって、ゴーっというものすごい轟音が包み込んだ。最初のうちは戸惑って、とにかくまわりにあるものを叩いたり、蹴ったりしてみたのだが、ここがものすごく広い、ということがわかるくらいで何がどうなってるんだかさっぱり分からなかった。 時々、その轟音に交じって、誰かの歌声が聞こえてくることがあった。聞こえるかい?と問いかけられたような気がすることもあった。それがわかったのは、広いと思っていた場所が、だんだん狭くなってきた頃だ。窮屈だわ退屈だわ、慣れてしまったとはいえ轟音はうるさいわで、どうにかして外とコンタクトを取りたかった俺は、とにかく壁を叩いた。もしかしたら、ここから出してもらえるかもしれないと期待して。 『……あなた、今、蹴った……!』 いやあ、あの時ほどびっくりしたことはないね。はぁ?!って思わず大声をあげたけど、俺の耳には言葉とも声ともつかないよくわかんない音だけだった。ていうかこんなの俺の声じゃねえよ。なにこの音。気持ちわるい。 『本当か?』 向こう側から、驚きと喜びの声がする。穏やかで柔らかい声が、触ってみて、とささやいて、そうして、何かがそっと触れた音がした。おいおい、なんなんだよ。もしかして俺生まれ変わりとかそういう奴なのか。勘弁してくれ。二度目の人生を送れるのはどっちかっていうと嬉しいがな。シモの世話をしてもらうのは一度だけで十分なんだよッ!ジジイになって自分の子供に世話をされる時のあの屈辱をまた味わうとか、ホント勘弁なんだよッッ…!! 『あなた。もう、そんながっかりした顔しないで』 そんなことを考えていたら、呆れたような、いとおしむような声が聞こえてハッとした。なんだかよくわからんが、俺はものすごく期待されていたらしい。その期待を裏切っちまうのはあれだよなーとおもって、さっきより少し弱めに、ぽこん、と叩いてみることにした。こんなもんか?加減がよくわからん。 『…っ!聞こえた、動いた!』 ………。なんかすげーはしゃいでんな。期待通りの反応でなごむと同時に、中身がこんなおいちゃんでごめんよ、と泣きたくなった。どうせなら、俺がジジイになってた時の記憶も何もかも全部ブッ飛んじまえばいいのにな。そうしたら、子供らしい子どものまま生まれて、無邪気にパパとかママとか呼んでやれるのに。 『この子はきっと、優しい子に育つわ』 そんなことない。あんたの声の方が、ずっと、ずーっと優しいよ。 『だって、はじめの頃と全然蹴り方が違うの』 『そうなのか。じゃあ女の子かな』 すまん、俺、男! …って、今までずっと俺の意識は俺のままあるから生まれても体もナニもミニマムサイズな俺なんだろうなとか思ってたんだが、最悪、女の子の体におっさんの精神ってこともあるわけだよな?!うげええええ、そんなことになったら死ぬ!マジで死ぬ! 『あなたは男の子と女の子、どっちが生まれて欲しい?』 『どっちでもいいよ。君もこの子も、無事に産まれてくれるならそれでいい』 そうだ。俺はまだ生まれてもないんだ。 死ぬ事も実感できなかったけど、生まれたことも実感できないっていうのは、嫌だ。 嫌だ イヤだ い や だ 俺は生まれたい 産まれたい―――! ひっしにさけびつづけたおかげか、いつのまにかおれのみみにとどいていたそうおんはきこえなくなっていて、かわりにぎゃー!とわめくこどものこえがきこえた。さっきまでまっくらでなにもみえなかったのに、こんどはまぶしすぎてめがみえない。 からだをひょいともちあげられて、ふゆうかんがおれをつつむ。こわい!すごいこわい!たすけて!ばたばたあばれてみるけど、おれをもちあげてるひとはぜんぜんきにならないみたいだった。ああこどもってふべん…。 いや、しっかりもっててくれればあんしんなんだけどね?やっぱこわいよ。いぬとかねことかがだっこするといやいやするの、いまならすげーよくわかる。ちゃんとしりかかえててもらわないとあんしんなんてできない、これ。 「おめでとう、よくがんばりましたね!」 しらないひとのこえだ。だれだろう?かんごしさんとか、じょさんぷさんとかだろうか。おれ、こどものしゅっさんのときにぶんべんしつにははいらせてもらえなかったから、よくわかんねえんだよな。あなた、じゃまだからしごとにでもいってて!とかいわれちゃってさ。 「元気な○○○の子ですよ!」 ちょっ、かんじんなところききのがすとかありえないんですけど! けっきょくおれ、どっちでうまれたのよ?! 11.01.12 |