気がすむまで泣いた次の日



結婚まで考えていた彼に、一方的に縁を切られた。
クリスマス前の突然の別れは、私に理由を聞くことも与えてくれなかった。

その後、やはりどうしても納得のいかなかった私は、彼に別れた理由を聞くことができた。理由は、「まだ遊んでいたいから」。ついでに言えば、私と付き合っていた数年間は、彼にとっては本当に遊び感覚だったらしい。同時期に何人かと付き合っていたこともあるとも立て続けに告白され、「お前ほど居心地のいい相手はいなかったよ」と言われてしまった。あきれてものも言えなかった。そのあとの事なんて、ほとんど覚えてない。

気づけば一人、町を歩いていて、腹が立つのと同時に、彼がこんな人だったなんてというむなしさが胸に広がった。頭のどこかで、「あんな人と結婚しなくてよかったじゃない」という楽観的な意見が浮かぶが、両親に今度会って欲しい人がいると言ったばかりだと考えると、二人とも、とても喜んでくれていただけに、結婚がダメになったことを告げるのがひどく重くのしかかった。

それからの私は、おもしろいくらいに絶不調。作らなくてはいけないおゆうぎ会のプログラム作りもすすまないし、今度入園する事になった子供の調査書もまとめられない。ボーっとして、頭が考える事を放棄してて。色んなところにぶつかるし、転ぶし。同僚や園長先生にも心配されて、「さん、しばらくお休みしてもいいんだよ」とまで言われるし。

…確かに、使っていない有給がまだ結構な日数残ってはいるけれど、いま休んでしまったら、立ち直れない気がした。なかなか進まない仕事に、一息ついてからにしようと思い切って、携帯と財布を持って部屋を出た。暖められた体が、扉を開けた瞬間、サッと冷やされて身を縮める。缶コーヒーでも買って、早く事務所に戻ろう。

冷たいのか暖かいのに少し迷って、事務所の中は暖かいんだし、と思って冷たいものを購入する。さてと。それじゃあ、もう一仕事がんばりますかと思いなおしたところで、なんとなく母の声が聞きたくなった。

「はい、です」
「あ、母さん?」
「あら、? どうしたの、めずらしい」

数回のコールの後、おっとりとした母の声が出る。それに少しだけ気持ちをほぐされて、口元が緩む。「ちょっとね」と言葉を濁して、私は朝ニュースでやっていた事件を口にした。案の定母はその話に乗ってきて、しばらくそういった世間話で耳が受け取る音を埋めていった。彼と付き合い始めた頃ぐらいから家をでて一人暮らしを始めた私を心配してくれる母は、変わりなく優しくて。

「…ねぇ、。あなた、なにかあったんじゃないの?」

そして、時折こんな風に勘が良くて。
ふ、と感情がこぼれそうになって、必死に耐える。視界が歪んで、じわっと目頭が熱くなるけれど、なんでもない事なんだからと努めて明るい声を出した。

「あのね、今度会って欲しい人がいるっていったでしょう? その人さ、もう、こ、ない、から…」

心配させないようにと思っていたのに。いつまでもあんな人のこと考えるのなんて、時間の無駄だと思っているのに。明るくふるまおうとすればするほど、息がつまって。次第に、嗚咽が口から漏れて、受話器を伝って母の耳に届く。

「…
「大丈夫よ、こんなの、よくあることじゃない。とにかく、そういうことだから。ごめんね、母さん」

なんとか気持ちの高ぶりを押さえて、それだけ伝えると、通話ボタンをそっと切った。




05.11.13