必死になって走って、走って走ってこのまま家まで帰ろうと思ったのに、学生時代の時とは違って体力が全然続かない。気持ちとは裏腹に自然足は止まって、それでも少しでもこの場から離れたくてのろのろと歩き出す。ゼイゼイいってる息がうるさくて、ばくばくと脈打つ胸がわずらわしい。じわりと目頭が熱くなって、歯を食いしばったけれど耐え切れなくて、流れ落ちる熱い水を必死になって両手の甲で拭うけれど、後から後からあふれてきて。 ちゃん」 走ってきたのだろう、大和君がやっぱり息を切らしながら声をかけた。大丈夫、そういいたいのに、口を開けば嗚咽ばかり漏らしてしまいそうで。歯を食いしばったまま、私はただ大和君に背を向ける。テーマパークの外は普通の道路で、ライトをつけた車がいつもと同じように通り過ぎていく。私は何も言わずにただ大和君に背を向けて、大和君も何も言わずに、ただ、そこにいる。 「帰ろう。ね?」 まるで小さな子供に言い含めるように、柔らかい声で大和君がそうささやいた。そっと包み込むように手を握って、漏れてしまいそうになる嗚咽をこらえてひくりと震える背中を優しくさすってくれた。 「もうすぐ千尋くんも来るよ」 「……うん」 「帰ったらちゃんと目、冷やさなきゃだめだよ?腫れちゃうから」 「……うん」 振り向いて大和君の胸に飛び込んでしまえればどんなに楽だろう。けれどもそれは私にはできなくて。やっぱりまだ踏ん切りがつかなくて。だから優しくされる度に苦しくなる。私はもう子供じゃないから、彼の優しさがほんの少しだけずるさを持っているのもわかっている。わかっているけれど、私はそんな彼の優しさに甘えてしまいたくなる。 「いこう、ちゃん」 思い切って飛び込んでみようと思ったとき、彼の体温はするりと離れて。ただ、握ったその手はそのままで。そしてそのまま手を引かれるように私は歩く。それがなんだか切なくて、さびしくて、そして安堵する。 やっぱり私はまだ、こわくて 大和君は違うって、わかってはいるけれど こわくて 手を引かれたままとぼとぼと、逃げるように出てきたテーマパークへと歩いていくと、三人分の荷物を持った千尋君がこちらへやってくるところだった。気まずい雰囲気が流れるかと思ったけれど、彼はいつものようにおどけてみせて。 「バツとして、チャン荷物持ちね」 抱えるほどの量を持たされて、それが千尋君の優しさなのだと気づく。 「あ、良かった!」 不意に聞こえた声は、あの人の新しい彼女で。息を切らしながらもにっこりと微笑まれて、私はあっけにとられた。彼女に遅れるようにしてあの人が走ってきて、ちらりと気まずそうにこちらをみる。私はその目を見なかった。 「いきなり走って行っちゃうから心配してたの。……けど、良かった」 彼女の言葉を肯定するように、あの人は人当たりの良い笑みを浮かべていたけれど。今となっては、その柔和な笑みもすべて偽者めいて見える。そうして、そんなあの人の隣にいるのは、昔の自分なのだ。 「心配かけちゃって、ごめんなさい」 「本当に良かったよ。あ、そうだ、なんなら駅まで一緒に――」 彼女にだけ、ぎこちなく微笑んでそう謝って、あの人から伸ばされた手を私はやんわりと振り落とした。驚きで少しだけ、あの人の目が見開かれる。 「大丈夫です。――大丈夫だから。もう、顔も見たくないの」 不思議と、涙は出なかった。 07.03.06 |