市巡り



珍しい商品をあつかった店が市に来ていると聞いて、本日の達はグレックミンスターいち賑わうという市場通りへとやって来ていた。王都という事もあり、貴族相手や裕福層を対象とした装飾品の店などが多く並んでいたが、中には各地の食べものをその場で調理しながら販売しているものもある。

「おー、見ろよアレ!うまっそーな串焼き!」

太めの鉄串にぶつ切りの肉と野菜を差した豪快な料理は、程よく焼かれて肉汁を滴らせたのち、わきに置いてあるタレの入ったつぼにつけられ再び火にかけられていた。アツアツの肉がタレにくぐった瞬間のジュワッという音と、火にかけた瞬間に立ち上る何とも言えない匂いに、食べざかりの二人の腹がぐぅ、と鳴る。

「テッド、あっちのお店は何してるんだと思う?」

が指差したのは、子供が1人余裕で座れそうな大きな中華鍋で野菜を炒めている屋台だった。不思議なのは、炒めた野菜の他に肉を投入し、小さな皿を何枚も使ってフタをしているのだ。鍋をいっぺんにおおう事の出来るものがないのだろうかと首をかしげながらも、皿の隙間からのぼる匂いに、ついついじっと見入ってしまう。

「あん?なんだい坊主、おつかいか?」

買っていくなら1人50ポッチだ、といった店主に愛想笑いを返し、とテッドはそそくさとその場を離れた。いくら軍資金として小遣いをテオからいくらかもらっているとはいえ、何も考えずに目についたものを買っていては、本当に食べてみたいものや欲しいものを見つけた時に悔しい思いをすることになる。

「…とりあえず、ぐるっと一周してから買うもの決めようぜ」
「そうだね。みんなが同じものを買う必要もないし、それぞれ違うものを買って分け合えばいろんなものが食べられるかも」
「そりゃいいや。1人200ポッチの、あわせて600ポッチ。余計なモン買ったりしなきゃ、大抵のものは食えるぜ!」
「あれ?そういえばは?」

待ち合わせ場所はマクドール家だったし、家から市までは他愛のない話をしながら一緒に来たはずだ。そう大きくない市だから端から順番に見ていこうぜと言ったときだって、2人の後ろを興味なさそうに着いてきていたのだ。

「……え、なに、もしかしてあの子迷子?」
「大変じゃないか!探さないと!!」
「あっ、おい、!」

慌てて、テッドはそっちを頼むね!と駆けだしていったを見送る形になったテッドは、思わず伸ばした手の行き場に困った。まわりがざわめく中、なんだかいたたまれなくなったテッドはポリポリと頭をかいたあと、くるりと背を向けて反対側へと駆けだした。心の中で、あんにゃろ、と一言文句を言うのも忘れずに。



「――――!」

人込みをかき分けながら走るのは結構むずかしい。はやる気持ちとはうらはらに、なかなか先へと行けないことに若干焦りを感じはじめていたは、ある店の先でじっと商品を見つめているを見つけ、心底ほっとした。

「…ん? ああ、か」
「急にいなくなるから心配したんだよ?」

その言葉に、ようやくこちらを見たの顔は、心底不思議そうにきょとんとしている。

「どうせお前らは食べもの屋を見てまわってたんだろ?」

だったら探すのは簡単じゃないか、というなんともあっさりした答えに、思わずはぁー…とため息をついた。

「あのね、。誰かと行動するってことは、はぐれたりしたら相手が心配するってことなんだ。そりゃ、君とテッドは長い付き合いだからそういう事しても、きっとこうだろうな、って分かると思うよ。でも、僕は違う。言ってくれなきゃ、わかんないし、わかんなかったら、心配するよ」

いくら王都とはいえ、市のたつ日は様々な人がグレックミンスター市内を行き交うのだ。その中に、たちの悪い奴らがいないとは限らない。

「………そう、だな。ごめん、悪かった」
「もうしないでくれたら、それでいいよ。…で、何をそんなに熱心に見ていたの?」

にこっと笑ったは、この話はこれで終わりだと言わんばかりに、話題を変えた。穏やかそうな笑みを浮かべた老婆がひらいているこの店は、細かく彫り込まれた木に、磨き上げた石をはめ込んだデザインの装飾品を売り物にしているようだ。装飾品と言えば、きらめく宝石に金や銀の細工だと思っていたは、素朴ながらもどこかあたたかみのあるものだな、という印象を受けた。

「すごいね。木彫りのものだけど、丁寧にやすりがかけてあるから輝いて見えるし、はめ込んである石もきれいだ」
「そうでしょう?これはね、遠くグラスランド地方から取り寄せた品なのよ」

きれいでしょう?と手にとって見せてくれる老婆に、思わず受け取ってしまった。丹念にやすりをかけられた木は、つや出しを塗ったりはしていないのだという。しっくりと手になじむ感触に、これを作った職人はいい仕事をするなあ、なんて貴族のお坊ちゃんらしいことを考えていると、背後から「あ゛ーっ!!」という、聞き慣れた声が二人をとらえた。

「おっまえらなぁ、俺がうまそうな店をどんな気持ちで通り過ぎてきたかわかってんのか!?」
「ご、ごめんテッド!」
「オメーもだ!勝手にふらふらどっか行きやがって!」
「いつものことだろ」
「…てっめ、ちょっとは申し訳なさそうなカオしろよ!!」
「ちょっ…2人とも!」

店先でぎゃんぎゃんといつもの良い争いをはじめてしまった2人に、老婆はびっくりしたようだったが、やがてその表情がやんちゃな孫を見るような優しいものになる。

「あなたたち、仲がいいのねえ」

怒られるでもなく、むしろ身守られるようなむずがゆさに、テッドとはなにかものすごく苦いものを食べたような顔になった。

「それにしても、うちの品を熱心に見てくれたのはお嬢ちゃん1人だったわねえ。やっぱり、こんな立派な街じゃ、うちが扱ってる品は見劣りしてしまうのかしらねえ」

どこか寂しそうな顔をする老婆に、反射的にが、そんなことないですよ、と言葉を返す。けれども、そんな気づかいは老婆にはお見通しだったのだろう。やんわりと、いいのよ、と返されて、はそれ以上の言葉を失った。周囲のざわめきとうって変わって、3人と老婆の間に何とも言えない空気がただよう。

「コレ」

どこか気まずく、かといってそそくさと離れるのもはばかられる、そんな空気を打ち破ったのは、だった。

「いくらすんの」
「…え?」
「だから、値段。そんなに手持ちないから、あんまり高かったら、無理だけど…」
「え、ああ…そうねえ…」

貴族が好むようなきらびやかなものとは違うとはいえ、それなりに仕入れるのに苦労した品である。商いをしていると不思議なことに、まるでこの品は誰かを待っているのではないかと思う時がある。

「150、いえ、100ポッチでいいわ」

今回だってそうだ。老婆は、各地をまわりながら自分で目利きした雑貨や装飾品を売り歩いているのだが、このような民族色の強いものをあつかおうと思ったのは初めてのことだった。

「いいよ。…150、だっけ」

少女は、体を隠すようなマントの中から革袋を取り出し、その小さな手のひらで硬貨を確認した後、老婆の手にそれをのせた。硬貨は、わずかに少女の熱がうつっていてぬるい。

「いいのかい?」
「うん。気にいったからね」

まだどこか納得しかねるような老婆を後に、すたすたとその場を離れる。はっと気付いた時には、いつもの、顔をすっぽりと隠すフードはだいぶ人ごみにまぎれていて。

「あっ、おい、ちょっと待てよ!」
「そうだよ、!」

慌てて追いかければ、呆れたような表情のが、見なれない食べものを手に待っていた。

「……うるさいなあ。そんな大声出さなくっても聞こえてるっつの」

粉糖がかけられた棒状のなにかが小さな皿にてんこ盛りになっている。カラフルなそれは、どうやら噛むとチーズのように伸びるらしい。

「ねえ、それなあに?」
「ロッカム。まぁ、菓子だよ」

がもぐもぐと口を動かしながら皿を差し出してきたので、とテッドは思わず手を伸ばした。

「へぇ…。もしかして、これ、のいた村のお菓子とか?」
「いや、グレッグミンスターに来る前に一度食べたことがあるだけ」

持った感触はなんだか焼く前のパン生地にも似ている。たっぷりついている粉糖をはらい落しておそるおそる口に入れてみると、もっちりした食感と共に、こってりとした蜜のような甘みが口に広がった。

「めちゃくちゃ甘いな」
「でも、こんなに甘いのに、くどくないね」

先ほどまでの慎重さはどこへいったのか、一口食べて大丈夫だと判断した2人は、残りをぱくぱくとものの数秒で平らげると、まだ皿に残るロッカムにも手を伸ばす。

「あっ、おい、それ以上食うな。私の分がなくなる」
「なんだよ、自分だけ食う気か?っつーかコレいくらしたんだよ」
「ああ、これは1皿25ポッチだよ」
「ってことは残り25ポッチか!?なに勝手に買い物してんだよ!」
「まぁまぁ。僕とテッドの分がまだ400ポッチあるんだから」

があっとうなるようにへと詰め寄るテッドをなだめつつ、そう提案すれば、テッドはそりゃそうだけど、と文句をたれる。

「それに、テッドの値切り交渉術がうまくいかなかったことなんてないじゃないか」

巧みな話術と、あちこち旅をしたために、売っている物の大体の原価が分かるため、テッドが買い物へ行くと、必ずと言っていいほど予算を余らせて帰ってくる。金額的にいえばたいした量ではないにしても、それがたまれば結構な額になるわけで、マクドール家の財布を預かる立場にあるグレミオは、テッドの存在を大変ありがたがっているのだ。

「…しゃーねぇなあ」

これ見よがしにため息をついたテッドではあるが、その顔はどこか楽しそうで。

「よーし!そうと決まったらまずはさっきの串焼きの店だ!、お前、はしゃいでふらふらすんじゃねえぞ!!」
「はい、はい」
、お前はが勝手にいなくならないか見張りな!」
「うん、わかった」

そう言うとテッドは、賑わう人の波をすいすいとすり抜けながら、最初に見た店の方へと駆けだすテッド。

「……一番はしゃいでんの、自分だろうが」
「本当だよね」

早くしろよー!と声をあげながらこちらを振り向くテッドに苦笑して、2人はぐん、とスピードをあげた。




12.08.19

作中の食べものは中東あたりをイメージしてます。