小さな頃から、勉強ができて、運動もそつなくこなし、愛想は良くはなかったけれど、恵まれた環境と容姿を持った幼馴染のことは、私の自慢だった。 「ちょっと仙蔵、外で読むときはカバーつけてって言ってんでしょ、恥ずかしい」 …そう。『だった』、過去形だ。 「お前の目は節穴か。言われた通り、かけてやってるだろうに」 ほれ、といって見せられたのは、こいつのよく行くアニメ専門ショップでもらえる透明なビニールカバー。本を汚さず、なおかつ表紙のイラストも見れると仙蔵はうっとりしているのだが、そのイラストを隠せと言った私の言葉がカケラも奴の脳髄に届いていないのが腹立たしい。 「…なんっでこんな奴にうちの子たちがキャーキャー言ってるのかしら…」 私のぼやきをなんぞ聞いちゃいない仙蔵は、私の存在ごと華麗に無視して、ものすごい真剣な表情でかわいい女の子のイラストが描かれたライトノベルを読みふけっている。 …ライトノベルは夢があるし、昔は仙蔵に借りて読んだりしたこともあったけど、最近のはなんていうか、ある一定のニーズにしか応えてないような感じがして手に取るのも、特設コーナーにいくのもなんとなく疎遠になってしまっている。 それにしたって、黙っていれば年下の可憐な乙女から、年上のお姉さんまで見事に骨抜きにしちゃうような容姿をお持ちなのに…。 「おい、恭介やめろ。それは完全に死亡フラグだ。きっと家に帰ればアスミが包丁持ってお出迎えとかしているパターンだぞ…!」 「…………はぁ」 登場人物に感情移入するのは良いことだけれど、それを公共の場で口に出しちゃうあたり、自分の世界にまっしぐらな仙蔵は本当に残念すぎる男である。 ・ 朝の混雑時を嫌って、二つほど早い電車に乗る私と仙蔵は、お互い違う学校に通っているというのに、最寄駅も向かう方向も一緒だ。最初は時間帯がかぶったりしないようにとか色々していたんだけれど、一緒にいると、私は痴漢避け、仙蔵は女避けにと都合がいいので、最近ではよっぽどのことがない限りは一緒に通学している。 この年齢になるまで幼馴染とずっと一緒とか、本当はすごく嫌なんだけどね。 二つほど駅を過ぎると、私たちの乗っている車両に、この時間帯にしては多めの人が乗ってくる。ラッシュ時は相当なんだろうな…なんて思っていると、その中に一つ下の後輩の姿を見つける。はにかみながら近寄ってきた彼女は、おはようございます、と大変礼儀正しい挨拶をしてくれた。 「おはよう。早いのね」 「今日、わたし日直なんです。先輩は…?」 「私はいつもこの時間なの」 「わたし、いつもはこの時間、まだご飯食べてますよ」 理由なんてすし詰めになんてなりたくないもん、というすごく子供っぽいものなんだけれど、後輩の前では素敵な先輩でありたい私は、なんてことないのよ、と笑う。隣で仙蔵の、この猫かぶりめ…とうんざりした声が聞こえたけれど、無視だ、無視。 「…もしかして、あの人と一緒に通うためですか?」 ないしょ話にほんのりと声を弾ませた後輩の目が、ちらりと仙蔵の方へ行く。その視線が、お綺麗な顔からスッと下がって奴の手元へと流れた所で、私は顔が引きつるかとおもった。 別に仙蔵一人がオタク認定されるのは全然まったく問題ないんだけれど、そんな仙蔵を彼氏だと思われている今、こいつの残念すぎるところなんて、見せたくない。 なにより私が、こいつの容姿と頭脳をとってその他すべてを妥協したとか思われるのが、すごくイヤ…! 仙蔵が手にした本を見て不思議そうな顔をしている彼女になんて言えば良いんだろうと思っていると、次の駅についてドアが開く。たくさんの人が乗り降りするなか、一番最後に乗り込もうとした男の子が、なぜかドアに挟まれそうになっていた。 体は大丈夫だったけれど、しっかりシャツを挟まれた男の子は、気恥ずかしいのか、誤魔化すようにふにゃりと笑う。そして、私たちの隣にいる仙蔵に目を向けると「あれっ」と声をあげた。 「仙蔵、いつもこの時間?」 「まあな。お前の方こそ、この時間とは珍しい。いつもは遅刻ギリギリだろう」 「なんか目覚ましがいつもより二時間も早く鳴っちゃってさ」 いつもの時間だとどうせまた遅刻するだろうから、と苦笑する。仲が良さそうな雰囲気に、ああ、仙蔵にも普通の友達っていたんだなあって思う。画面の向こう側にしかいない、ディープなお友達の存在しか知らなかっただけに、なんていうか、「よかったね!仙蔵!」とお赤飯でも炊いてあげたい気分だ。…普通の友達なんて一生できないんじゃないかと思っていたからさぁ。 「あ、それどう?読んでみると結構面白いでしょ」 「ああ。よくある典型的なパターンで今後の展開をミスリードさせようとしてくるのがいい。今までなぜ手に取らなかったのか不思議なくらいだ」 さっき盛大に引っかかってたのはころっと忘れたのか、得意げな声でしゃべる仙蔵。そんな仙蔵が、ちらりとも視線をよこさないことなんて慣れっこなのか、男の子は「だよねー」なんて相槌打って全然気にしていない。 しかも、どうやらこの本は彼のものらしく、仙蔵があれこれと感想を述べると、楽しそうにいくつか話を交わしたあとに続きも貸してあげようか、と告げる。なんて優しいお友達なんだろう。仙蔵、あんたこの人一生大事にした方がいいよ。 「まあ、僕が持ってるのってそのシリーズだけなんだけど」 「いや。せっかくだが、続きは今日にでも買って帰ることにする」 これは学校が終わったらすぐにでも本屋に行って、棚にある分ごっそりお買い上げする気なんだろうなぁ。本屋なら良いけど、仙蔵御用達のアニメ専用ショップだったら、最悪だ。 だってあそこ、なんかすっぱい匂いがするんだよ…。 狭い店内ですれ違う人が、なんかすごいにやーって笑ってきてこわいんだよ…!! 「というわけだ。」 「なら、たまには一人でかえ「駄目ですよ、先輩!一緒に帰らないと!!」…る、」 わね、と言おうとした私の脇から、後輩が口を挟む。なんて余計なことを!と思ったけど、理想の先輩像を崩すわけにもいけないから、「こら」とたしなめるだけにした。私の言葉に、彼女は「先輩一人じゃ、あぶないですし、それに、放課後デートのチャンスです!」と楽しそうに耳打ちしてくれたけど。 …うん、そういうことを言いたいんじゃなくってね。空気読んだつもりなんだろうけど、全然読めてないからね。そういう所もばかな子ほどなんとかってやつで可愛いけれど。ていうか、よほどのことがない限りは帰るのも大体一緒だから、わざわざ放課後デートなんてしなくてもいいんだけどね。私も仙蔵も、帰宅部だし。まあ、こんな奴とデートなんて死んでもごめんだけど。 「…くるのはかまわんが」 胡乱気な目が、来られても面倒だから帰れと言っている。ものすごく言っている。私だって行きたくはない。どうせ一緒に行動した所で、テンション高いのは仙蔵だけで、私はあのお店の雰囲気になじめずにすみの方でイライラしながら待っているだけなんだから。最悪の場合、荷物持ちにされることだってあるし。 断ってしまいたいのに、それができないのは、言い出したのが私の後輩だからだ。今までの私が作りあげてきたこの制服に似合う理想の先輩像では、ここで気を利かせた後輩をむげに扱ったりしない。普通に考えれば、「良くやったわ!」と頭撫でてあげたいくらいな状況なわけだし。相手が仙蔵の時点でアレだけど。 この場で適当に約束を交わして、あとで反故にすることもできるけど、ここでネックになるのが仙蔵の通う学園と私の通う学院が同じ駅に存在していることだ。 ホームを降りて反対方向とはいえ、利用する駅が同じなら自然と見知った顔に出会う率は高くなる。そして、この子のことだ。多分、私と仙蔵が一緒に帰ってなかったと知ったら、面倒くさいことになるんじゃないかなあ…。 「ごめんなさいね。じゃあ、その、お願いしてもいいかしら」 「ああ、了承した。しかし、お前、その喋り方はどうにかならないのか…?」 おお、気持ち悪い、と小さな声でぶるっと体を震わせる仙蔵。そのあまりの言いように、私は思わず両脇に立つ二人に悟られないように思いっきり仙蔵の足を踏みつけた。 「っ、これだからリアル女は…!」 涙目になって耐える仙蔵をみて、少しだけ溜飲が下がる。 気持ち悪いだなんて、あんたにだけは言われたくないっての。 「じゃあ、わたしたちはここで失礼します」 「ああ。授業が終わったら連絡を忘れずに入れろよ」 「はい!」 駅について、なんとなく流れで四人一緒に歩きながらも、改札を抜けるとするりと私の腕をとって、後輩がぺこりと頭を下げる。投げやりな仙蔵の態度にも臆することなく、元気な返事を返した後輩に、私はただただ頭を抱えたくなった。 こいつは、本当に言葉通りの意味で、授業が終わったあと、即効でメール入れないと怒る。理由は簡単。自分の行きたい所(仙蔵いわく、この世の楽園)に一秒でも早く行きたいのに、私が足手まといになるせいでイラつくから。 こんな感じで、私と仙蔵が一緒にいた所で、お互いがお互いにイラつくだけだから、よっぽどのことがない限りは二人行動するのは嫌なんだけど…。 「仙蔵、」 うん、やっぱりやめよう。用事があるのを思い出した、とかなんとか言えば切り抜けられるはずだと思って声をかければ、言いたい事だけ言って、即効で手元の本に意識を向けた仙蔵は、二宮金次郎よろしく奴の通う学編へと歩きだしていた。 「えーっと……なんか、ごめんね」 そんな仙蔵と、置いて行かれた形になった私を見て、申し訳なさそうにひらひら手を振った名前も知らない男の子の困ったような笑みが印象的だった。 ・ 「それにしても、先輩の彼氏すごくかっこいいですねー!」 駅を降りてすこし行くと、緩い坂が続く。私の通う山本女学院は、なだらかな山の上に立つ女子校だ。ごきげんよう、が挨拶の基本な私立高校だけれど、清楚でオシャレな制服と、しっかりした進路とのつながりを持つお嬢様校なのである。 …まあ、私は普通のサラリーマンと専業主婦の間に生まれた、普通界のサラブレットでございますけれどね。 「やだ、仙蔵はただの幼馴染よ」 勘違いされては困る。本当に困る。女子校に通う私にとって、異性と出会うチャンスは数えるくらいしかない。それなのに、彼氏持ちとか噂が流れたら、素敵な出会いがぐんと減ってしまうじゃないの。 私だって、恋愛に憧れくらいある。小さな頃見ていたアニメの主人公たちは、みんな素敵な恋をしていたし、恋愛小説の主人公だって、色々あるけれど、とてもドラマチックな恋をしてる。 「仙蔵さんって言うんですか…」 ほわんと頬を染めながらつぶやくこの子に、私は内心あーあ、とため息をついた。また一人、仙蔵の外見に騙されたお嬢さんが増えましたよ。 「でも本当に素敵な人ですよ!お友達の趣味にも、理解を示してらっしゃったし」 「ああ、あれね…」 あれはただ単に仙蔵が見た目で判断して勝手に食わず嫌いしてたものを、友達から進められてしぶしぶ読んだら思いのほか面白かったってだけだと思う。あいつ、昔からわりと先入観で相手を叩きのめすような所あるからね…。 「わたし、時々ああいう本を読んでる人を見た事あるんですけど、正直苦手だったんです。なんか、恐い人なんじゃないかって思って。でも、そういう風に先入観でとらえてしまうのって、いけないことですよね」 まあたしかに、ああいう女の子のキャッキャした絵がばーんと出てる表紙を恥ずかしげもなく読める輩にろくなのいないし、ちょっと気持ち悪いなぁって思ってしまう事は、仕方がないとおもう。それにしても、この子の中では、飛び込んできた男の子がオタク認定なんだろうなあ。…可哀想なことしちゃったかもしれない。 まあ、私は、現在進行形で仙蔵が気持ち悪いと思うわけだけど。 だって、録画している番組を、わざわざリアルタイムで正座してみるとか、ネットで実況しながらみるとか、どんだけよ。初回特典が手に入らなくて本気で悔し泣きとかさ。しかもそのあと初回特典の付いた中古品がないか血なまこで探してたっけ…。極めつけは、三次元の絡みとか吐き気しかわいてこないとかほざいて、AVですらアニメかゲームしかないってことだ。 え?なんで私がそんなこと知っているかって? …世の中、知らない方が幸せなことって、いっぱいあるとおもうの。そう思わない? 「でも、仙蔵さんはそんなことないですよね。…あんなに格好良くて、先入観にとらわれない思考を持っているのに、嫌味な感じがなくて…」 まるでどこかの王子様みたいですねっ なんて、照れながらしゃべる彼女の脳内の仙蔵は、一体どんな完璧超人なんだろう。実際の仙蔵は、全然完璧じゃない。奴の完璧は、ぺきの部分が壁なんだと思う。自分の好きなことにまっすぐ突っ走って、まわりに壁作りまくってる人間関係ダメダメ男。 「わたし、先輩のこと応援します!」 「………ええ、その、気持ちだけいただいておくわね」 「はいっ!」 とりあえず、彼女の勘違いをどうにかしたい、今日この頃です。 12.02.02 |