1.当然ながら電波が立つはずもなく 「おつかれさんっしたー」 「おつかれさまー、レポート頑張れよう、神埼!」 「っす、ハルカサンも彼氏と仲直りしてくださいねー」 「うっさいよ、。余計な御世話だっつーの!」 定刻ちょい過ぎにバイトを終え、こきこきと肩をならしながら夜の町を歩く。暦上では春先とはいえ、上着とマフラー装備しないとまだまだ寒い。両手をポケットに突っ込んで、いつも通りの家路へ急ぐ。明日提出のレポートがまだ終わってない。今から帰って寝ずにやれば、なんとか間に合うだろうか。 バイト仲間の女子からもらったコンビニチョコの数々が、ビニールの中でガサガサ揺れる。しかしマメだよなあ。こういったイベントごとは全力で楽しむ人たちだから、自分の気持ちを最優先にした結果ではあると思うが。 びゅう、とビル風が思い切り吹き付けて、思わず身を縮める。ううう、寒い。帰ったら一番にストーブつけてやる。光熱費がどうとか言ってられるか。金をとったら死ぬっつの。 ふと、足裏がいつもと違う感覚をとらえたような気がして立ち止まる。…なんか妙なものでも踏んだかな。おそるおそる足を持ち上げて見てみるが、別になんにもついていなかった。なんだ?と思ったのもつかの間、むっとするほどの土の匂いが鼻をつく。アスファルト道路だったのに、ものの見事に地面が露出している。おいおい、道路工事のおっさんたちよ、職務怠慢なんじゃねーの。仕事しろ仕事。 だが、道路工事のおっさんたちは別に職務怠慢なんてしていなかった。俺の立っている場所がおかしいのだ。まるで映像をCG合成したかのように、夜の道路と、夕闇せまるどこぞの田舎道が、俺を境目につながっている。一体どうなってるんだ。徹夜をするのはこれからなんだぞ。夢を見るには早すぎるし、疲れだって、バイトぐらいじゃたいしてたまらない。 どこからか、うわあぁん、と泣き叫ぶ子供の声が聞こえた。今どき、着物姿に草履とは珍しい。迷子だろうか。もうすぐ夜になるだろうに、こんなだだっ広いところで親とはぐれりゃそりゃあ不安になるだろう。 そんなことを思ったのがいけなかったのか。俺の足元から、アスファルト道路がまるで霧が晴れるようにさぁ…と消えていくではないか。一体全体どうなってるのか、脳内キャパシティを軽く超えてしまった事態にただ突っ立っているしかできなかった俺を残して、夜の町はきれいさっぱりなくなっていた。残ったのは、コンビニの袋をぶら下げて呆然としている俺と、びーびー泣き続ける子供だけ。 「う゛あああぁぁんん、びゃああああんんん!」 俺の姿を見つけて、いっそう激しく泣き出した子供に、俺は一体、どうしたらいいんだろうかと途方にくれた。 2.泣いたカラスがもう笑う どこからそんなエネルギーがわいてくるんだろうかと思うくらいにぎゃん泣きする子供。しばらくの間、この子の保護者が近くにいないだろうかとあたりを見回していたんだが、人っ子ひとり、いやしない。 「あー…少年。泣くな、泣くな」 他に通りかかる人がいるなら、多分俺は『ああ、子供が泣いているな』とだけ思って、その場を去るだろう。子供とのコミュニケーションの取り方なんてしらないし、大抵の場合、気づいた時には俺より先に気づいたおばさんやOLらしきお姉さんが声をかけているから、必要がないのだ。 顔から出せるもん全部出したそいつの目線に合わせるようにしてしゃがみ、とりあえずぽんぽんと頭を撫でてやる。すると、今までずっと泣き喚いていた子供が、ばっと顔をあげた。ピタリと泣きやんだまま、こっちがビビるくらいの目力でじーっと見つめてくる子供。なんだ。わけがわからんぞ。 「お前こんな所でどうしたんだ?迷子か?」 「……っ、う゛、う゛あ゛あ゛〜…!!」 「ちょ、泣くな、泣くな!」 俺の言った『迷子』というキーワードに反応して、ぼたぼたと再び涙をこぼした子供に、どうしたらいいのか分からず本気でテンパった。びええええ!と怪獣のように泣き叫ぶそいつの顔を、ペットボトルに巻いていたタオルでふいてやり、ついでに頭ももう一度わしわしと撫でる。 押しつけられたタオルの下で、ふごふごと嗚咽を漏らす子供に焦りながら、手っ取り早く気持ちを別のものに向ける方法を探す。子供が興味持ちそうなおもちゃなんて持ってないし、背中にかけたメッセンジャーバッグには、財布と携帯、出掛けに喉が渇いてたので自販機で購入したミネラルウォーターと自宅の鍵くらいしか入ってない。 と、ガサリと手元で存在を主張する者がいた。バイト先でもらった、ビニール袋だ。中には、マーブルチョコレートをはじめとするチョコレート菓子の数々。おー、きのこにたけのこまである。どっちも好きだから地味にうれしい。 まだひっひっと嗚咽を漏らしている子供の目の前でセロファンをはがし、筒状になっているフタをぽんっと開ければ、泣いていたことも忘れて、俺の手元に釘づけになる子供。 「手、出しな」 「え…あ、」 戸惑う子供の手をとり、ざらざらとチョコレートを出す。少し勢いよく出しすぎた気がするので、そのうちの何個かを口に入れる。うん。懐かしい味だ。 「ほれ、くちあけろって」 遠慮がちにあけた口の中へ、ぽいっとほおりこんでやれば、びっくりしたようで、ごくんと飲んだ。…錠剤じゃないんだからちゃんと噛みなさい。喉詰まるよ。 「……あまい!!」 「だろー?疲れた時には、甘いものが一番だからな」 そう言いながら、もう二三ほど口に入れる。この、砂糖のコーティングをぱきっと割る瞬間が好きだ。しばらく舐めて、チョコレートが柔らかくなった時を見計らって噛むのも嫌いじゃないけどな。 色とりどりのチョコを一粒ずつつまみながら、大事に大事に食べる姿は、泣きべそかいてたぶちゃいくな顔とは全然違って、子供らしいかわいらしさがある。 「泣くのは、体力使うからなー」 そう言って頭を撫でてやったら、ようやく子供が、ぱあっと笑顔を見せた。 12.02.15 |